トピック: 2-2 海の湯


The Big Island、
ハワイ島のその家のそばには、
ワイキキみたいな砂の美しいビーチはなかった。

だけどこの島にも
白い砂のビーチがあるってJJは言って、
結局あたしたちはそこへは一度だけ行ったっきりで、
ナショナルパークの火山、
ハイキング、
クルージング、
コーヒー農園、
バカンスに来た人たちがこの島でするようなこと、
ほとんどなにもしなかった。
バカンス、
そんなこと、忘れてた。

春の終りの島の一日は、ほんとうに穏やかだった。
オフシーズンのコナもケアラケクアも観光客の姿はなかったし、
その存在を感じないくらい隣家も離れていた。
あたしたちはほとんど、
あたしたち以外の誰とも会うことなんてなかった。
遠くのご近所さんや店の店員と
上っ面の笑顔でチットチャットしている時間も興味もなかった。
まるであたしたち4人だけが
この塀に囲まれた楽園のすべて、みたいな、そんな毎日。

そういえば、
一度だけJJとふたりで行った大きなスーパーで、
あたしたちと同じぐらいにそっと身を隠した人に出会ったっけ。
ほっぺと鼻の上を赤く日焼けさせたその人は
とても背が高くて、
スクリーンで見るよりもキラキラふわふわの金色の髪。
ちょっとはにかんだ目で買い物かごを抱えてレジに並んでた。

ツンツン、
「ねえ?」
JJの腕をつついて、
「そう、その通り」
JJは軽くウィンクして、
やっぱりグレンね!
あたしは頭の中で、ぐるるん、
長く会わなかった親友みたいにグレン・クローズと握手を交わす。
あなた、最近どうしてたの?
いつこの島に来たの?
どこに泊まってるの?
新しい映画はいつ?
ああ、これじゃ、あたしが今誰にも聞かれたくないこと、
その辺のおばさんのゴシップ会話だ。
グレンはレジを通り過ぎて、
明るい太陽の下の広いパーキングへと出て行った。

パーキングで隣同士になったグレンが、
ちらり、買い物をバックシートに詰め込んで、
あたしとJJを見た。
その彼女の眩しそうな視線だけで、
もう言葉なんていらなかった。
わかっちゃったから、
あたしたちと同じぐらい彼女がひっそりこの島にいるってね。
だからあたしたちは彼女が誰かだなんて、
大声で話しかけたりはしなかったんだ。
それからあたしはグレン・クローズには一度も会わなかった。
なぜかって?
いったいどこの国のどの季節かわからない
その大きなスーパーにはあたしは二度と行かなかったから。

島の毎日の、
あたしたちの朝のルティーンはこうだった。
朝食の後、皿洗い係のJJが片付けを済ませると、
「go for a ”holoholo”?」
JJとロランが庭越しに二階に声をかけ、
あたしも水着にサロン*を巻いて、
4人で家の前の海岸へと散歩に出かける。
スティーヴンは毎日決まった時間に散歩のルティーンを作ること、
TAI CHI、太極拳で身体に地球のエナジーを取り入れること、
まだ it is not too late、だって、
ロランの知り合いのカルカッタの医師が
そう教えてくれたから。

その日はスティーヴンも朝からとても気分がよかったから、
みんなでいつもよりもちょっと遠くまで
”ホロホロ”しようってことになった。
溶岩が固まった黒い海岸を4人でばらばら島の南へ向かうと、
あたりには甘い鮮烈な香りが、
黒い岩と緑の境界線のブッシュには、
たくさんの白い花が咲いていた。
岩の上に落ちた花をひとつ、
手のひらでじっとその内側を覗いてみた。
白と黄色、黒い岩と空と海の青、
妖艶な花の匂いはどこか生命の宇宙みたいだった。

「come here! just come!」

少し離れたロランが呼んだ。
JJとスティーヴンはもうどこか先に行ってしまって、

 なんだろう、

あちこちに開いたもぐらの穴みたいな岩の上を
ひょいひょい、
足を取られないようにロランに近づくと、
そこは黒い岩のプールだった。
島の火山が爆発して真っ赤に溶け流れた
そのどろどろした生き物が、
パーン!
海にはじけて死んだ瞬間。
そう想像するとあたしはちょっとワクワクした。

「come on in! it feels like オンセン!」

いい湯だねえ、
ロランが手招きする。
オンセンって?温泉のこと?
言われるままにサロンを岩の上におきサンダルを脱ぐ。

「あっ、wow! あったかい!」

ザザーッ、波が入り込む。
大きな岩穴に溜まった波が太陽で温められた、
海の湯だった。

ロランがあたしの髪にさした白い花の吐息と水平線の彼方。
こんな遠くの島までどうしてやって来たのか、
そしていつまで続くのだろう、
でもそんなこと、今はすべて忘れてもいいよね・・・。
ザザザーッ、
波音と青い空と海。
波音が岩にぶつかる。
海が弾ける。
ピアノ曲のように。


*サロン(Sarong)=インドネシアの伝統的な腰衣