トピック: 3-3 バナナパンケーキ

ここらでみんなにあの日のことを話そうと思う。

あの日、あたしは吉田山からの連絡を待っていた。
春休みの1ヶ月のタイとラオスの旅から、
JJとスティーヴンがもう戻ってもよさそうなころだったから。
実はあたしも二人と一緒にタイまでは行ったのだけど、
スロースターターなあたしの春先の
Y新聞社の面接に気持ちの切り替えが間に合うよう、
ラオスには寄らず一足先に帰国していた。

4月2日。
数回の呼び出し音のあと、JJが出た吉田山の黒電話。
いまだにアナログにダイヤル式だった。
同居しているふたりのどちらが出てもおかしくはないけど、
スティーヴンじゃなかったのにちょっとがっかりしたのが本音。

「ハーイ、晶、元気だったー?」
「うん、JJは?ラオスはどうだった?帰ってる頃かなって思って、」

しばらく旅のことなどを聞いてから、

「それで、スティーヴン、いる?」
「いや、まだ外出から戻ってないけど・・・。新学期の準備で忙しいんじゃないかな?」
「そう・・・」
「・・・そう・・・」

それから奇妙な、孤独な沈黙。

「・・・それじゃあ、電話があったって、伝えて?」
「もちろんさ、じゃあ、またね!」

ふたりとも旅の途中はあんなに仲良くしてくれたのに、
スティーヴンだって帰って来てたんなら連絡くれたっていいのに、
男ってほんと、わからない。
JJは受話器を置くのが待ち切れないって、
それはちゃんと伝わった。
その理由はわからないけど。
それからあたしはちょっと、不機嫌になって、
それからちょっと、かなり、落ち込んだ。
真夜中になって、
ちょうどJRの最終電車の音が夜風に流れて来たころ、
あたしは家中の掃除をした。
掃除機をかけ、
向こうとこちらが一続きに思えるほどガラス窓を拭いた。
キッチンとトイレ、そしてお風呂、
水が流れるところをすべて洗い流すと、
すっかりメディテーション。
くだらないこともいっしょに流れ落ちて、
「男のキモチ」なんてどうでもよくなった。

ずっとあとになってJJから聞いたんだけど、
あのときJJはもう知ってたんだ。
だけどスティーヴンに口止めされてたから、
それでソワソワしてたんだね。

次の日、あたしはノッソリ昼過ぎに起きてから、
生き返った家の中で音楽を聴いたり、
昼間のお風呂で、
エコーがかかってすばらしく上手に聴こえる、
思いつくままに歌を歌ったり、
アメリカのホームドラマの英語の台詞をそのまま
何度もくり返し口にして覚えたりした。

お風呂から出てさっぱりすると、
テレビのチャンネルをバチバチ変えながら、
そうだ、バナナパンケーキを焼こう!
こんな時はこれに限るね。
あたし、バナナが大好きなんだ。
テレビをつけたままキッチンへ行くと、
南国のバナナを輪切りにして、
大好きなAunt Jemimaのホットケーキミックスに卵をまぜて、
電話が鳴った。

「ハーィ、モシィモォーシィ、ワタシハ、スティーヴンデスー、
アキラサン、オニガィシマァース」

電話越しの日本語が、いまだ日本に馴染めないスティーヴンだった。

 Sorry,
昨日は遅かったんだ、これからどう?
 吉田山に来ない?
 散歩にいこうぜ、Shall We?
 
 オーケー、いいよ、as you wish.

バナナパンケーキを焼いてから、
アルミホイルに包んでポケットに、
と思ったけれど、やっぱりそれは無理だった。
帰って来たら温め直して食べようとドアを閉めると、
東大路をそのまま京大まで上がったほうが近いのに、
いつもの鴨川の川沿いを七条大橋から丸太町まで、
ちょっとグレーの北の空を目指して
あたしは赤い細い自転車をこいで行った。

その年のお椀の街の春はまだ少し先だった。