トピック: 4-1 楽園の神の通り道

「これからベイへ行こうよ!」
その日、朝食の後片付けをしながらJJが言った。
「楽しいかもな」
スティーヴンが乗り気になったから、
「Why not?」
ロランの声に
あたしたちはさっそく水着に着替えてサロンを巻いて
車に乗り込むと、
いつものJJの運転。
埃っぽい一本道を走った。

キャプテンクックのベイ、
ケアラケクア湾に近づくと、
ジャングルみたいに
道の両側から緑の木々のトンネル。
木漏れ日の合間を裸足の少女たちが
金色の髪をふわふわさせながら
羽の生えた天使のようにくすくす、軽やかにかけて行った。
やっぱりここはパラダイスみたいだ。
あたしは車のバックシートから
そう思った。

ベイの手前のNapo’opo’o.RDのショップで、
あたしたちはカヤックを借りることにした。
ロランのインドの夕陽のような赤、
JJは吉田山の彼のミニクーパーと同じグリーン、
スティーヴンはThe North Faceのウインドブレーカーのブルー、
そしてあたしはなぜか白。
陽によく焼けたチョコレート色の店のおじさん、
きっと40代にちがいない、
本土から移住して来た人だろう、に手伝ってもらって、
一艘ずつコンクリートの小さな波止場からカヤックを海に降ろすと、
あたしはひっくり返らないように、
そっと着地して、
するり、
カヤックに落ち着いた。

シーズンオフの青いベイはちょっと不気味なほど静かで、
波の上にはあたしたちの他には誰もいなかった。

 ふっ、
 ふっ、
 ふっ、
 ふっ、

櫂で海水をスライスするように、
規則正しい腕の動きと呼吸がメディテーション。
ロランとJJは南のほうに、
そしてスティーヴンとあたしは
ベイの北へ、二手にわかれた。
太陽に反射した小さな波が眩しくて、
半時間ほどもするとスティーヴンは
「Akira, もう戻るよ、See you later, Okay?」
ちょっと疲れ顔で、
あまり遠くに行かないこと、
そう付け加えるまるで過保護なスティーヴンを
あたしは水の上から「うん、See ya!」見送った。

毒薬みたいに激しく美しい海、
その真ん中に取り残されてしまった
この世にたった一人ぼっちの、あたし。
目の前には大きな壁のように、山。
完全なる孤独。
そんな、気分。

 ふっ、
 ふっ、

逆立った鱗のように数え切れない波に、
マシーンみたいに
同じ動きだけを何度もくり返す。

そうだ、あそこに見えるあの白い碑まで行ってみようじゃないの。
そうよ、あたしにだってそれくらいできるよ。

だけど、竹やぶをゆくように、
海を切っても切っても、
碑はまったくこっちに近づいては来なかった。
それよりも両手を動かせば動かすほど、
どんどん遠く離れて行くようにさえ思えて、
だけどそれでもあたしはそのまま海を切るのを止めなかった。
そうして半時間ほど、独りぼっちで青いベイを横切り、
それは本当に永遠かのように思えた、
とうとうその白い象牙みたいにぼんやりと白いオーラを放つ
その碑のそばまでやって来た。

ぐーる、ぐーる、
ぐーる、ぐーる、

碑から岸に近づいては戻り、また近づく。
あたしは、
なぜかすぐには岸には上がらない。
上がりたくない。
海に浮かびながら、碑の放つその白い光りをうかがう。

ふ、んー、

ゆっくりとカヤックを岸に近づけて、陸に上がった。
空に向かってとんがったその白い碑、
それを取り囲む深い濃い茂み。

ザザッ、

ジリジリ赤く日焼けした肌に、
すーっと心地悪い寒気を感じて、
あたしは辺りを見回した。
 
えっ・・・?
誰か、いるの?
・・・誰?!

広がる、冷たく力強い静寂。

黒い影が、
碑の後ろに広がる茂みをあちらへ
そしてまたこちらへと駆け抜ける。
円を描いてあたしのまわりを旋回し、
茂みの向こうへと駆けていく。
あたしは目眩がして、ちょっと足踏みをして、
それから茂みを掻き分けるように、それを山のほうへと追った。
 
まだ、ここにいたんだ!
なんて、
なんて、悲しい足音。
なんて、怯えているんだろう!
ああ、一人ぽっちのかくれんぼ。
彼はまだここで彷徨っている。
向こうへ渡れないまま。
 
200年もの時を冷たく悲しく彷徨うクックと、
とてつもなく大きな、静かな吐息。
この星の生き物の姿を持たない、
もっとちがうなにか。
意識を持つエネルギー体、
そんなもの。

なんて場所なんだろ。
なんて土地なんだ。
素足のあちこちが葉や小枝で切れて血が滲んだ。
それでもあたしは追いながら、
太陽の光りに歌った。


 ケアラ
    ケクア
kealakekua

 青い楽園の
    懐かしい道

 永遠の源へ

魂のケアラ
    ケクア
   kealakekua
 神のケアラ
     ケクア
   道


神の道。
ケアラケクア。
ここがそう呼ばれているって
あたしはずっと後になってから、知った。