トピック: 4-4 サヨナラ
雨が小降りになった昼近く、
あたしたち3人が言葉なく病院から戻ると、
ガラガラガラ、玄関の開く音。
ロランの肩がちょっと雨に濡れている。
相変わらず傘をささないで、ちょっと小走りで。
「So how did it go?」
いつもと変わらないロランの輝く茶色の目に、
JJはちょっとうつむくようにして両手で眼鏡をはずし、
あたしはなにも言わない。
奥で小さな庭を見つめていたスティーヴンが、
「Well, well, well.....,」
まるでどこかで聞いた誰かのことみたいに、
ノン・ホジキン
悪性リンパ腫
ステージ4、末期がん
脾臓と胃の横のフットボール大の腫瘍
手術も化学治療も手遅れ
静かに流れるそれらの言葉が、
白い医師の言葉と重なってあたしの中を駆け巡る。
ロランは大きく息を吸う。
それから、ゆっくりとうなずいた。
「痛みは、あるのかい?」
「いや、たまに胃が詰まった感じ。あまり食欲はないけど」
スティーヴンが胃のあたりを指で、ちょっと押さえるように撫でる。
眼鏡を拭き終えたJJが、
ふと思い出したように瞬きをした。
「そういえばこの前ラオスでも、時々そんなこと、言ってたな。
そうか・・・、これだったのか。
とにかく、
すぐにこれからのことを考えよう。
正直、延命はむだかもしれないけど、君次第だよ」
JJらしい率直な言葉、
それに慣れているはずのスティーヴンが、
さすがに驚いたように眉をきゅっと上げた。
「I don’ t know.......くそったれ!well....
今までまったく気がつかなかったなんて、おれも相当なバカだな。
だけど、まちがったって病院でなんか終りたくないんだよ!」
JJはポケットから巻き煙草の包みを取り出しながら
「I see......病院なんて、うん、わかるな、それ」
薄い煙草紙にぱらぱらと乾燥した茶色の葉っぱを乗せると、
甘く凝縮されたその独特の匂いが広がった。
あたしは煙草の煙りには咽せてしまうのに、
乾いた茶色い葉っぱそのものの匂いは好きだった。
それを器用にクルクルとJJは指先で巻いて、
滑らかな紙の表面をすっと親指と人差し指でつまむように軽く撫でると、
ロランに渡した。
「じゃあ、そういう方向で考えようじゃないか」
マッチを摩る。
ロランの指先の煙草の先が夕陽みたいに赤く焼ける。
JJの指先から細いシルク糸みたいに煙りがゆらゆら。
あたしはちょっと、やっぱり、咽せた。
「そうだ、おれには、・・・あそこしかない」
「うん、どこだ?」
ロランがスティーヴンの目を覗き込む。
JJにはその答えがわかっていた。
あたしは
掘りごたつの中で両足を閉じたり開いたりして、
とても落ち着かなかった。
「・・・ハワイ、だ」
「ハワイか!」
「そう、いつかあそこに住みたいって、そう思ってた」
「じゃあ、これで決まりだ!」
ドンッ、
ロランがこたつのテーブルを叩く。
「おれ、本当に、死ぬのか・・・!」
スティーヴンのいつものちょっとシニカルな笑い声が吉田山の夜に響いて、
延命はむだだ、って、
それなら、って、
そう笑ってるって、
病院じゃなくハワイへって、
だけどあたしは、それでいいって思った。
スティーヴンと白い病室なんて、
そこからの旅立ちなんて、とても彼には似合わなかったから。
その日から吉田山のあたしたち、
4人の時間の流れが変わった。
あたしには一日のようでもあり1ヶ月ほどにも思えた
それからの2週間、
一日中JJやロランがばたばた忙しくこの家を出入りして、
いろんな人がスティーヴンに会いに来た。
お別れなのか、また会おうって約束なのか、
そうしてその日はやって来たんだ。
もうみんなの荷物をすべて運び出したJJの後を玄関に向かうと、
スティーヴンがあたしを呼び止めた。
Akira,ちょっと待って・・・。
I am not sure if...この家にはもう戻らないかもしれないから・・・
I want to say Good Bye to my house
・・・サヨナラを言いたいんだ。
あたしは痛いほど胸が詰まって、どうしようもなかった。
また帰ってくるって、
大丈夫だって、
そう言いたかったのに、
大丈夫だって、
あたしには、どうしてもそう言葉にできなかった。
だって、そんな保証、どこにもない。
明日生きてることさえわからないのに。
じっと写真に収めるように見つめたスティーヴンの後ろ姿は、
とても細かった。
そうしてあたしたち、
JJ、ロラン、スティーヴン、あたしの4人は、
吉田山からいつまで続くか知れない旅へ、
スティーヴンのサヨナラ、
お椀から太平洋に浮かぶその島、
最期の楽園へと向かった。
「Death belongs to life as birth does.
The walk is in the raising of the foot as in the laying of it down.
死は、誕生と同じく生に属する。
足をあげ、同時に足をさげることが歩くことであるように。」
Stray Birds No.268
Rabindranath Tagore



