トピック: 5-2 生きたい

さらさらさらさら、
砂時計のように日々は過ぎて行った。
JJは毎日インターネットで、
Non-Hodgkin, Malignant lymphoma,
スティーヴンの受けられそうな治療法や病院を本土に探し、
ロランはスティーヴンに頼まれて万が一の時のためにグリーン色の毒薬を、
マーロンのかつての仲間を頼りに探して、
誰も口には出さないものの、
みんなすこしずつ疲れが見えはじめていた。
そしてあたしは相変わらず毎日、
ここ数日あまり笑わないスティーヴンの、
体内の総入れ替えの助けになりそうなごはんを作って、
真夜中ごろには様子を見に、
お地蔵さんに「ハイ!」挨拶をして彼の部屋に行った。

ある夜のこと。
みんなが寝静まって静かな壁なし家のキッチンであたしはひとり、
ほんとうはあたしだってもう目を開けているのも辛かったけど、
明日の食事の準備をしていると、
突然圧迫した痛みが数回、背中と胃のあたりに走った。
なんだろ、時計の針は深夜を半分ほど過ぎている。
陶器の鍋にブラウンライスを計って、
島のミネラルウォーターに浸した。
明日圧力釜で炊く前に天然塩をひとつまみ入れるのを忘れないようにね。
それからドクターに言われたように
「生のにんじんジュースはちょっとだけだよ」のメモを冷蔵庫に貼り、
キッチンの電気を消してあたしは2階へ上がっていくと、
Tシャツに肌が透けるほど汗に濡れたスティーヴンが、
うー、うー、
低いうめき声を上げてベッドに、
月の明かりの中に横たわっていた。

落ち着いて、
落ち着いて、

フットボールが彼の内蔵を押すたびに、
腎臓のあたりに耐えがたい痛みが襲う。
そんなことがここしばらく頻繁に起こるようになっていて、
ああ、さっきのはこれだったんだ。
あたしはすぐに隣のバスルームから取って来た痛み止めを飲ませ、
シャツを脱がせ、汗を拭き、背中を、手足を擦った。
そうする以外には、なにもできなかった。
入り込む月の明かりの角度がさっきよりも傾いて、
夜の海が眩しかった。
ようやく息が落ち着き始めたスティーヴンが、
背中を撫でているあたしの手をぎゅっとつかんだ。
「Akira......」
「うん、大丈夫?」
スティーヴンの、
冬休みのラオスで日に焼けた肌に、広い胸、
長い日本の島暮らしで余分な肉の落ちた引き締まった肢体。
これが今日明日ここを去るかもしれない人とは思えない。
庭のヤシの木が、あたしのこころみたいにざわざわ揺れた。
「Akira.......」
ガラスのない窓から見える白い月がきれいだった。
「ここにいるよ」
「Ah........I don’t want to die......no, I don’t want to die yet......」

おれは死にたくない、まだ生きていたいんだ・・・。

いきなり不意打ちを食らったあたしの心臓はジャンプして、
思わずスティーヴンを引き寄せると子供にするように肩から強く彼を抱きしめた。
この島に来てから、
いいえ、
あのF病院で体内に大きなフットボールを抱えていると知ってから初めて、
スティーヴンのグリーンの目と孔雀のまつ毛が大きな涙に濡れた。
何度も小さく「おれはまだ生きたいんだ」そうくり返しながら、
あたしたちは子犬のように頬をくっつけ合って、一緒に静かに泣いた。
今はスティーヴンもあたしも泣きたいだけ泣いたほうがいいと思ったから。

生きてほしい。
あたしのためだってなんだっていい。
執着でも、いい。
それが、あたしの本心、そのままの気持ち。
「it’s alright, 大丈夫よ、きっと。泣いたっていい」
「Ah, why me......Akira」
まだ生きたい、
あたしはきっと、ずっと、その言葉を待ってたんだ。

「ヘイ、ちょっと、あなたたち、ストップ!」

突然のその声に驚いてあたしは顔を上げると、
いつの間に上がって来たのか、
数日前にウィーンからこの家に駆けつけた、
スティーヴンの古い友人シンディーだった。

「なにをめそめそ泣いてるの?!
まだ死ぬなんて決まってないの!
スティーヴン、
まだわからないことに悲観して泣くなんて、よしなさい。
さあ、あなたも一緒に泣いたりしないことよ!」

シンディーはあたしを押しのけるようにして
今度は自分がスティーヴンの肩を抱いて、
「あなたはダメね、leave us alone! さあもう行ってちょうだい」
そうスティーヴンにはわからないように目であたしを下へと促した。
いきなり氷の湖に突き落とされたかのように、
あたしの全身は強ばった。

エンジェルがリーン、小さく寂しくひとつ、揺れた。
お地蔵さんも口をへの字にして、
月明かりに泣きべそをかいていた。