DISPOSABLE PEOPLE
ディスポ人間
第5章
ぼくの愛するセミコロンへ
ぼくは眠れない夜をもっと生産的なことにつかうべきだ、と思う。キミにぜひとも話したいことがあるんだ。鳥や木の話でも、色彩や香りの話でもなくて、人についての話、そしてその人たちに何が起きたかという話。
夕べ、いつもと違う夢を見た。自分の知らない人間の夢を見たことで、これまでの夢のパターンが壊れたように感じた。その女の名前はシェリルだった。どんな顔だったか覚えてないけど、そいつは夢の中で死んだ。『ロー&オーダー』か『CSI:科学捜査班』に出てくる女だったかもしれないが、よく思い出せない。
ぼくは毎晩夢を見る。通常一つの夢が何週間か、ときに何ヶ月もつづく。言ってなかったけど、セミコロン、過去数ヶ月にわたって、寝ても覚めてもぼくを悩ます夢があったんだ。とてつもなく恐ろしい夢だ。
ぼく一人ママの子宮の中にいて、ビタミンやミネラルをチューチュー吸ってる。すると悪魔がそこに、ママの子宮の中にやって来た。そいつは赤んぼうの姿をしていて、ぼくのそばにすり寄ってきて、まるでぼくらは双子みたいだった。そいつの顔は年寄りみたいにしわしわだったけど、ぼくには何者なのかわかっていた。そしてそいつの方も、ぼくのことを見通してた。そいつはぼくの顔にプッとタバコの煙を吹きかけて、ぼくにある申し出をするために来たと告げた。話し合いはいつも、サッと終わり手短かだった。
「もしおまえがここから生きて出たかったらだ、そしておまえらが言うところの『創造主がお造りになった』この世を見たいと思うなら、おまえは一つ、おれに約束しなきゃらないことがある。ここを出ていくときが来たら、おまえはある言葉を言うんだ、一言だけだ、『ノー』とな。そのときが来たらわかる。いいかな?」
夢の中でそいつが去っていくとき、笑みを見せることもあるけど、笑いかけてそのまま姿を消してしまうこともあった。ぼくの返事も待たずにね。
みんなが言うには、ぼくの出産のときは大変だったらしい。ママを殺さんばかりだったとか。ぼくは逆子で、そのへんの未熟な助産婦の手で、一部屋だけしかない自宅で生まれた。何年かあとにママとパパが死んだ病院とは大違い。ママは出血がひどくて、「おれかおまえか、ニッガのどっちを生かすか」が迫ってる状態だった。ところがここの「昔人間たち」が言うには「何かが起きて」、奇跡的にぼくのからだの向きが逆転した。
この夢が7ヶ月前にはじまったとき、ぼくの祖先が本当に40年前に「何かが起きた」と、ぼくに伝えようとしているのではないかと思った。悪魔がママの子宮に手をつっこんでぼくの頭を逆さにしようとしたとき、ぼくはあいつの望んだ言葉を発した。いずれにしても、ぼくの誕生の物語はなぞめいた状況ではじまり、昔人間たちが言うには、神の手、いやおそらくは悪魔の手が関わっているらしい。
ぼくはチャールズ・ラブレイスとソニア・ラブレイスのもと、ジャマイカのクラレンドンにある辺鄙なわびしい村に生まれた。いまわしくもクソッタレな場所だ。
両親はぼくにケニスという名をつけた。ケニス・ES・ラブレイスだ。みんなはぼくをケニーと呼んでる。ステファンと呼ばれることもある。ぼくのミドルネームだ。これは悪魔を混乱させるために始められたことで、ぼくが7歳か8歳になったら悪魔がついてまわるからと、オベアマンが両親にやらせたことだ。少しして、ケニーとステファンは交互につかわれるようになった。いまわしいクソッタレの村では、みんながぼくをアホとかマヌケと呼ぶこともあった。でも誰でも人生のどっかで呼び名はもつものだし、そのことで村の人を恨んだりはしない。
ぼくは1970年12月2日に生まれた。ママがいつも言うには、12月3日だったのにそうならなかった。以来ぼくの人生は、そうなるべきこと、そうであったはずのことだらけになってしまった。
ぼくが一夜にして別人になることはなかった。ぼくはぼくのままだった。今のぼくの手はこんな風だ。
これはぼくが生まれたときの手と同じものだ。ぼくの育ったいまわしい村のたいていの人は、ぼくが与えられた手のことを、賭けにつかう言葉で表す。みんなが言うには、ぼくの手は「悪い手」だと。たくさんシワのある手は、のろいの印。子どもはたいてい手に3本のシワをもって生まれる。そのシワはMの形をなす。Mというのはmoney(金)のこと。ぼくのはちがう。
さらに、ぼくは馬なみにデカイ鼻だったけど、そのせいでサイが美男コンテストで優勝できたとさ。iPhoneがあるから、ぼくの鼻を見せられるよ。この鼻のせいで悲嘆災難がやむことがない。
きみが幸せでそれを知ってるなら手をたたけ
きみが幸せでそれを知ってるなら手をたたけ
きみが幸せでそれを知ってるなら、そしてそれを証明してみせたいなら
きみが幸せでそれを知ってるなら手をたたけ、、、
ぼくの家族? シ〜〜ン。教会の長椅子みたいなゲキ沈黙。ぼくんとこは真性の悲惨なアホ家族だ。色が黒いのは色素沈着を表しているだけじゃない。ぼくらの暮らしと精神を示しているんだ。
共同でつかってる大きな敷地内には、80人か90人くらいの人が住んでいた。でも当時は、50億人くらいに感じられた。ぼくの家族は(犬ぬきで)7人だった。ママ、パパ、3人の妹、兄さん、ぼく。それに加えておじさん(4人)、おばさん(3人)、祖父母(2人)、それにいとこ、さらにいとこ、さらにさらなるいとこ、そして又いとこ、さらに又いとこがいた。敷地の反対側にも70人かそこいらの人が住んでいて、ぼくらの親戚ではなかった。トミーの家族もその一部で、全員が黒焦げのフライドポテトみたいな顔をしてた。どうやってここに居座ってる連中がいっしょに住むようになったのか、ぼくはまるで知らなかった。うちの親戚の誰かが、よその人に土地を又貸ししたことからはじまったんじゃないかと疑ってる。で、そのやって来たよそ者たちが少しずつ自分の親戚を呼び込んで、子を産み、ウサギみたいに増やしていった。すごい数になるまで増殖させた。
ぼくらここの住人はとてつもない「無」の所有者だ。誰一人、自分の尻につけた乾いたクソ以外、何ももってない。あとで成功して、どこかに移住したやつらも、レストランでチップをやるときはいつも居心地の悪い思いをしてた。
ここの犬はみんなから、アホ犬とかクソ犬と呼ばれているけど、正式な洗礼名はラフィ。その犬はなぜか、ぼくの犬ということになっていた。それで結構。
さてと、
イーニミーニーマイニーモー。だ・れ・に・し・よ・う・か・な。
ウサギの足をつかまえろ
もしそいつを逃したら、ほら
イーニミーニーマイニーモー。だ・れ・に・し・よ・う・か・な。
ブライアンだ!
そのころはブラインが鬼だった。