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DISPOSABLE PEOPLE

​ディスポ人間

第31章

 

セミコロン様

 

きみはぼくのことを誰より理解してるから、バーで今日、サッカーの試合の再生を見ながら、ぼくがあるやつとどんな風に会話したか理解できると思う。そいつは若いやつでさ、マイラブ、自分がものを言うとき決めつけるような態度でしゃべる。「いいかな、もし山がマホメットの方に来なければ、マホメットが山に出向く、そういうことだ」

 

そして、ぼくが「もし山がマホメットの方に来なければ、それは山の残忍なやり方なのさ」と言ったときだった。

 

それに対して彼は威圧的に応えた。「誰がおまえなんかに話すかよっ。自分のクソな考えに浸ってろ」 ぼくにはわかったよ、こいつは行儀がいいとはいえないが、典型的な直線思考の堅物だってね。だからこう言ったよ。「きみは自分が賢いと思ってる、ぼくはきみが賢いことを知ってる。だからきみのことをホモ・サピエンス・サピエンスって呼ぶよ。あるいは直角ホモ・サピエンスとね」 するとそいつは知性の許す限りの、最高に学のあるピッタリの言い方で返してきた。「うせろ!」 それが終わりの言葉だ。

 

マンチェスター・ユナイテッドは勝ちはしなかったものの、その日の終わりには、いつものごとくリバプールはその後ろにとどまったままだったよ。

 

愛を

ケニー

2011年5月14日の日記

 もっと詳しい版をきみに話せるけど、たいした違いはないよ。結果は同じだからね。1985年の夏、ぼくはいとこたちと兄さん(少しずつ心が分離していった時期だった)と川に行った。みんなは木に登ったり、遊んだり、笑ったり、滑ったり、ぶら下がったりしてた。ぼくは黙って川のずっと奥の土手に向かい、みんなが「青い穴」と呼んでいる場所に立った。昔人間たちが言うには、そこに落ちたら、ユナイテッド航空に乗ったみたいに、からだが別世界(中国とか)に連れていかれるそうだ。ただしからだだけ、魂は残る。ここは子どもたちが無料で、ビザの必要もなく、旅を経験できる川だった。

 あの気持ちのいい木曜日の午後、ぼくが川に飛び込んだとき、みんなはまだ木立ちの中や草地で遊んでいた。

 しかしからだが水を打ち、川底に沈んでいくとき、想像していたみたいに(テレビの映像で見るような)滑らかで穏やかな旅とはならなかった。まったく違った。ふわりとゆっくり底に向かっていくことはなかった。天国のように優しくそっと、輝く琥珀の水にからだを包まれ、心もからだも浮いていく、というのとは全然ちがった。息ができずに動揺して、パニック状態! 無抵抗の降参状態。汚いにごった川の中であっても、ぼくのパニックは認識可能なものだった。いつもゆっくり動く「時間のじいさん」が、いきなり素早い動きを見せることはある。そしてウェインが川に飛び込んで、ぼくの手をしっかりと握った。ウェインが飛び込んで、ぼくを救ったのだ。ぼくが「救われようとしてやったこと」から、ぼくを救った。救われて、ぼくは夜の闇と空虚に溺れるはめになった。救われて、ぼくはクソ忌々しい場所に居残るはめになった。そして感謝されることを期待された。ウェインがアホっぽいガキ顔で突っ立って、ニヤリとしながらぼくに「ありがとうくらい言えよ」とこっちを見る。さらには今にいたっても、クソありがとうを期待してる。なんだこのクソ神経は!

 あの日、ぼくは自分の試みに失敗したけど、それは違うことの始まりでもあった。新たな悪夢セットのはじまり。この二つの悪夢を、起きてるとき寝てるとき、この30年間、見つづけてきた。ぼくから決して離れることがない。最初に、ミリセントを見た。ぼくの自殺の試みの何日か前に、ミリセントに起きたことを見たから悪夢がはじまったのでは、と思った。それはともかく、この悪夢の中で、ぼくは彼女が古いワタノキの下にすわっているのを見た。木の下にすわる彼女は、30年間ひとつも年をとらなかった。ミリセントはただそこにすわり、子どものままで、すごく固い(ぼくがつくるのを手伝った)クリケットボールで遊んでいた。ぼくは彼女がそこにすわっているのを30年以上、見つづけてきた。彼女はぼくの存在に気づいているのに、ぼくの方を見ることがない。顔をあげて、ぼくの方を見ることがない。極悪人ですら、死んでいくときは救済をもとめて、キリストの方を向くけど、ミリセントがぼくの方に顔を向けることはないと知っている。それほどこの悪夢を恐れているわけではない。それはこの夢が何を意味するかわかってるからだ。

 もう一つの悪夢はすごく奇妙なもの。この悪夢で、ぼくは二つのパイナップルを目にする。すると一つのパイナップルがもう一つのてっぺんに飛び乗って、その中に沈み込み、一つのパイナップルになる。するとユニコーンがやって来て、合体したパイナップルを食べる。次にサイがやって来て、ユニコーンを食べる。さらにキリンが来てサイを食べ、ゾウが来てキリンを食べる。すると恐竜(T-レックス)がやって来てゾウを食べ、怪獣が来て恐竜を食べ、カメが来て怪獣を食べる。そして葉っぱがカメを食べ、木が葉っぱを食べ、という風につづいて、ぼくは声にならない悲鳴をあげ、脂汗をしたたらせて目を覚ます。

 これはぼくが見る悪夢の中で、いちばん突出したもの。それは他の悪夢の場合、ある程度その意味を理解しているのに、この夢については解読が全くできないからだ。

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