ずっと昔のこと、ある町に女の物売りが住んでいた。女はとるに足りないものを売る物売りだった。市場に行くのに森から森を歩いていった。女の町も森の真っただ中にあった。市場から市場へと歩く女の毎日は、身籠ることからその身を守ることができなかった。が、町の人々が驚いたことには、女は二十六年もの間、身籠った子を産むことができなかったのだ。このことは女にとって、重荷であるばかりか大変な悲しみであった。
ある朝、女が市場に向っているとき、女のお腹の中で何かが強くドンドンと叩いてきた。女は恐くなって、歩を緩めた。女は子宮から奇妙な声が聞こえてくるのを耳にした。「おかあさん、おかあさん、おかあさん」 お腹の子が子宮から叫んでいた。「わたしはふつうの子じゃあないんだよ」 お腹の子がアデドジャという名のその女に、きつい声でそう言った。
「じゃあ、おまえはどんな子なんだい?」 アデドジャは驚いて訊ねた。
「わたしは有害なお客、あんたと暮らすつもりはない、本当の名前はアジャンタラっていうんだ!」
「アジャンタラ、有害なお客ですって」 アデドジャは恐ろしくなって、その名を何度も口にして叫んだ。
「そのとおり。わたしを産んだならすぐにアジャンタラと呼ぶんだ」
アデドジャは恐怖の中で懇願した。「あー、お願いだから、早くそのときが来ておくれ、だっておまえはあたしの子宮にずっーといたんだよ、大変な重荷だったよ」
「わたしがあんたの子宮に長くいたって? いったい何年わたしがあんたの子宮にいたっていうんだ。言ってみろ!」 お腹の子が恐ろしげな声をあげて、アデドジャの子宮から訊いてきた。
「あたしの子宮でもう、二十六年間もいたんだよ。町の人はあたしを笑うばかりで、同情してもくれない」 アデドジャは辛そうに口をきくお腹の子に話した。
「で、どんな重荷をわたしがかけたって?」 お腹の子が訊いてくる。
「あまりに奇妙で大変なことで、説明できないよ」
「あんたはバカだ、このわたしが酷い重荷だったなんて言うとはな。あんたはな、まだ重荷と言うほどのことを体験してない。わたしを産んでみればわかるさ、どれほどこのわたしという子がやっかいなものか、ということがね」
このとき、アデドジャは後ろから一人の老婆がついてきて、アデドジャとお腹の子との激しいやりとりを聞いていたのに気づいてなかった。この老婆が驚いてこう訊ねた。「いったい誰と、大声で言い合ってるのかい?」
アデドジャは後ろを振り返り、老婆がいるのを見て身悶えした。
「あ、あ、ああ、あの、あたしのお腹の子が子宮の中からあたしに話しかけてきて、それであたしはもうほんとにびっくりしてこの腹の、、、」
お腹の子があわててアデドジャをとめて、こう脅した。「おまえの口をとじろ、わたしの秘密を誰にも言うんじゃない! この老婆は信用できないやつだ。悪党だ。こいつに本当のことを言うんじゃない!」
アデドジャは老婆に真実を告げるのをやめた。「まあ、ありがとね、おばあちゃん。でもあたし自分にしゃべってただけ」 アデドジャはお腹の子の脅しにおびえていた。
「何いってるんだい。あんたもう、ぼけてんのかい? あたしゃこの耳で聞いたんだよ、あんたが誰かとしゃべってるのをね」 老婆は怒ってそう言った。
「ええっと、あのねぇ、あたしが話してたのは、、、、」 アデドジャは言葉につまった。
アデドジャの腹の子が再度、警告した。「言うことに気をつけろ。そうでないとこのわたし、有害な子が出ていくぞ。あんたには手加減してきたんだからな」
しゃべる腹の子の声を再び聞いて、老婆は恐怖に襲われすぐにアデドジャへの質問をやめた。
アデドジャと老婆は市場への道を歩いていった。市場で商品を売り終わり、明日の分を仕入れるとすぐに、アデドジャは町に帰った。
アデドジャが家の入口まで何とか重い荷を引きずって歩いていくと、口をきく腹の子が家の者にこう叫んだ。「さあ、家のみんな、ここに来ておかあさんが荷物をおろすのを手伝って!」
みんなはアデドジャのところに走ってきた。そして驚き恐れながらあちこち見まわしたが、こっちに怒鳴りつけてきた者の姿は見えなかった。とはいえ、家の者はアデドジャの荷をおろすのを手伝った。
「今聞いた声は女じゃなくて、男の声だったねえ」 家の者は驚いてそう言い、不安げに首を伸ばしてアデドジャに目を向けた。
「お腹の子が口をきけるのかい?」 一人が訊いてきた。
「お腹の子が大人みたいな口をきくなんて、聞いたことないぞ」 他の者が戸惑いを振り払おうとして言った。しかし有害なお客アジャンタラが毎日アデドジャを脅しつづけるのは、止めようがなかった。
ある朝のこと、それは腹の子が子宮の中でちょうど二十六歳になったとき、アデドジャは奇妙な男の子を家の者たちの前で産むはめになった。
「ああ、なんて奇妙な子どもなんだ! この子は歯が生えてるし、ほっぺに髭があって、口髭もボサボサしてる。目なんか大人の男みたいにでかくてきついぞ。頭にはごわごわと毛が生えてるし、胸毛まである!」 家の者たちはうろたえて手をならし、大声をあげた。
家の者たちが困惑して生まれた子を見ていると、その子がすくっと立ち上がり、大声で叫んだ。「ちょっと、おかあさん、ここの人たちに言ってくれ、わたしの名前はアジャンタラだとな、そして呼び名は『有害なお客』だとな」 アデドジャはしかたなく、みんなに名前と呼び名を告げた。
「ほう、アジャンタラ、有害なお客さん、ようこそこの世に!」 とはいえ、家の者たちはばかにしたようにその名を繰り返し、その名を蔑んでいる風だった。
みんなのいる前で、アジャンタラは再度自分で立ち上がり、こう叫んだ。「ねえ、おかあさん、スポンジをおくれ。からだを洗いたいんだ。こんなに汚いんだからね」 洗い終わると、アジャンタラは服をくれといい、この子の母親であると思われるアデドジャは、慌てて服を渡した。みんなが腕をくんで、恐れと当惑の入り混じった顔で見つめる中、アジャンタラは一人で服を身につけた。
それからアジャンタラは居間にいった。椅子にすわるとこう叫んだ。「ちょっと、食べものと冷たい水を持ってきてちょーだい。ひどくお腹が減ってるんだ」 食べものをのどに通し水を飲んだところで、こう叫んだ。「出口を教えてくれ!」 みんなは慌てて右と左に分かれ、その間を歩いてアジャンタラが出口に向った。ところが外を覗くと、また叫んだ。「はあ、ちょっと見ろや。家畜の糞があちこちに落ちてる! ぜったいにこんな汚い町には一晩たりともいられない。ダメだ、わたしにはダメだ!」 そうやってアジャンタラが叫んでいると、その恐ろしい声を聞きつけた何百人もの人が、走ってやってきた。その人たちはアジャンタラの前に立って、じっとその姿を見つめた。みんながこう叫び始めた。「あー、こいつは人間じゃないぞ、こいつは悪霊に違いない!」
この人たちの言うことは当たっていた。アジャンタラは悪霊の仲間だった。アデドジャが市場に行くとき通る道端のイロコの木の中に住んでいた。不運なことに、ある朝、アデドジャが市場に行くとき、そのイロコの木のところを通った。有害なお客のアジャンタラが木から出てきて、アデドジャのお腹に侵入した。アジャンタラはほんの二十六分ほど、そこに隠れていただけなのだ。
実際、アジャンタラは二十六年間、アデドジャの腹の中で過ごした。しかし人間の二十六年は悪魔の二十六分なのだった。
アジャンタラが地面の糞をよけながら戸口に向っているとき、アヨ*で遊んでいる肌の浅黒い人たちの集団を目にした。アジャンタラはそこまで走っていくと、アヨのボードをさっと取り上げ、遠くに投げとばした。そしてこう怒鳴った。「このどうしようもない年寄りどもが。こんな汚い地面にすわってアヨで遊んで!」
老人たちがいっせいに立ち上がり、怒って返した。
「この大バカものが! ちっちゃな醜いおまえのようなガキが、わしらをコケにしやがって」
アジャンタラはためらうことなく、その老人たちの中の一人の頬をぴしゃりと打った。それを見たアヨを見物していた人たちが、いっせいにアジャンタラを叩きはじめた。そしてアジャンタラも人々を叩き返した。
ところがアジャンタラは鉄のように強かったので、打ち負かすことはたやすくはなかった。二、三分のうちに、小さな奇妙な男が人々を叩いているという噂が、町の隅々まで広がった。何千人もの人たちがその乱闘場面を見に殺到した。その人たちも群衆に混じって、いっせいにアジャンタラを叩きにかかった。それでもまだ、この小さな男を取り押さえることができなかった。
アジャンタラが百人以上の人を死ぬほどうち叩いていると、町のババアラオ*全員が、アジャンタラのとは違う種類の魔術の呪文を携えて、格闘の場めがけてやって来た。燃えさかる怒りをもって、ババアラオたちはアジャンタラを町の外に追いやった。そこで使われた魔術の呪文は、アジャンタラのような悪霊を追いやるために用意されたものだった。
*アヨ=植物の種とボードを使って遊ぶヨルバ伝統のゲーム
*ババアラオ=イファの導師。イファは易の神さま。
Illustrated by Kola Adesokan
アジャンタラと三人の兄弟
さて、有害なお客アジャンタラは、森から森をさまい、生活をともにする新たな餌食を探しはじめた。ある日、遠くの方に粗末な小屋を見つけた。行ってみると、三人の仲間がそこに住んでいるのに出会った。アジャンタラは中に入り、あいさつした。
「こんにちは、ここにいるみんさん!」
「やあ、こんにちは、おっさん」 そこにいたライオンと虎とヤギが応えた。
「たのむよ、わたしをお客として一緒に住まわせてくれたら、とてもありがたい。約束するよ、お客として居させてくれたら、たくさんためになることを二、三日のうちに、あんたたちに教えるから」 有害なお客アジャンタラはこんな風に頼みこみ、ライオンと虎とヤギをたぶらかした。この三人はその当時まだ人間で、同じ父母から生まれた兄弟だった。
「どうぞどうぞ。お客として迎えますよ」とライオンが言った。
「みなさん、どうもありがとう。ほんとに、感謝しますよ」 アジャンタラはにこやかに言ってすわった。
「だけど、いいお客でいてくれよな」と虎が注文をつけた。
「あー、心配無用ですって。わたしが素晴らしいお客だって、すぐにわかりますから」
「ところで、あんたの名前はなんなの、おっさん。あんた悪賢そうに見えるんだけど」とヤギがアジャンタラを疑うように言ったが、それは当たっていた。
「わたしの名前はアジャンタラ。でもあんたたちみたいな人間の子は、わたしを蔑んで『有害なお客』と呼んでいる。でもわたしは全く有害でなんかないよ」 アジャンタラは人がよくて控え目なふりをして、そう答えた。
「じゃあ、ワタシらの召使いになってくれるかい?」と虎が訊ねた。「あんたできるかい?」
「あー、もちろんですよ、喜んで。あなたたちの召使いになりましょう!」 アジャンタラはほっぺたの長い毛を引ひぬきながら答えた。
「ちょっと訊きたいんだがアジャンタラ、オレの見間違いじゃなければ、あんたはその身の丈よりずっと年がいってるように見えるが。どうしてだ?」と、納得いかないヤギがアジャンタラに目を向けた。
「ああそれなら、わたしはこの三日くらいずっと何も食べてないんだ。それでこんな風に小さく縮んでしまったというわけだ」 アジャンタラはそう言いながら、ウソを言っているというのが見え見えに、頭をかいた。
ライオンと虎とヤギは、お客で召使いのアジャンタラが来たことを喜んだ。それで虎が立ち上がり、アジャンタラに食べものと水を差し出した。アジャンタラは腹いっぱい食べものを食べ、水を飲んだ。
次の朝は、虎が薮に行って一家の食べものをとってくる番だった。虎は大きなカゴをアジャンタラに渡した。「アジャンタラ、そのカゴをもって、食べものを取りにいこう」 文句を言わずにアジャンタラはカゴを持って、虎の後について薮に向った。カゴをヤムイモでいっぱいにすると、虎はアジャンタラにそれを運ぶように言った。するとアジャンタラは、自分が有害なやつだということを虎に見せた。アジャンタラは虎の目をいきなりピシリと叩いた。虎はすぐに力なく倒れた。意識を再び取り戻したときには、その目と顔は腫れ上がり、目が開かない状態だった。
「なんでワタシの目や顔を叩くんだ。ワタシが虎だということをおまえに見せてやろう」と虎が怒って叫んだ。
「わたしに何をしようってんだって? ケモノになりさがった役立たずの人間め、それがおまえだ!」 アジャンタラは攻撃態勢にはいり、虎をいかくした。虎はためらうことなく、アジャンタラの額にげんこつを何発も見舞った。アジャンタラには何の効き目もなかった。それどころか、アジャンタラはますます有害さを発揮した。虎のからだを持ち上げ、そばのドブに投げ捨てた。虎は大けがをして、ドブから出てくることもできなかった。アジャンタラはそこに行って、虎を引きずり出した。
「ほら屈め、屈め。頭にヤムイモのカゴを乗せるからな。まったくこの役立たずめが!」 アジャンタラは虎にカゴを運ぶよう脅した。「いいか、虎くん、言っておくぞ。ライオンやヤギに、わたしがおまえをドブに投げたことを言うんじゃないぞ。うっかりしてドブに落ちたと言うんだ。聞いてるか?」
「聞いてる」と小さな声で虎が答えた。
ところが虎が小屋の近くまでカゴを運んでくると、アジャンタラは虎の頭からカゴを取って、自分の頭にそれを乗せた。そして薮からずっと運んできたかのように、頭に乗せて歩いた。
「おやおや、だけど虎くん、どうして君の目や顔はそんな風に腫れ上がってるんだ? それにからだ中から血が滴っているのは何故だい?」 ライオンとヤギがびっくりして叫んだ。
「そのう、うっかりしててドブに落ちたんだ」と虎はぼそぼそと答えた。アジャンタラが虎を殴ってドブに投げ飛ばしたんだと、虎が言わないように、アジャンタラはコワい目で虎を見つめた。
アジャンタラはライオンとヤギにも、別のとき薮についていったとき、同じようにひどい目にあわせた。ライオンを痛めつけたのはアジャンタラだと虎は知らず、虎を痛めつけたのはアジャンタラだとライオンは知らない、そしてヤギも同様。そうやってアジャンタラは、ずる賢さで三人の仲間をやっつけた。
しかしながら、最後には、みんなを痛めつけたのはアジャンタラだと三人は知ることになった。三人はまた、これまで家に迎えたどんな客よりも、アジャンタラが狡猾で有害なお客だということがわかった。
このときには、虎とライオンとヤギにとって、アジャンタラは最大の恐怖となっていた。ある晩、三人はアジャンタラがすぐに眠りについたと思い、集まって相談をはじめた。命を守るため、どうやって逃げたらいいか。
「アジャンタラは残酷なやつだ」と虎が苦しげな声でライオンとヤギにささやいた。
ライオンが虎に同意した。「あいつはほんとにそういうやつだ。でもわれわれはどこかに逃げるため、何でもやってみる必要がある」
「だけどあいつに見られないようにして、どうやって逃げ出せる?」とヤギが当惑ぎみに訊いた。
「ワタシらが逃げるのをあいつが見たら、追ってきて死ぬほど殴りつけるだろうな」と虎が恐ろしくなって言った。
「こういうのはどうだ、あいつはもう眠ってしまってるから、大きなカゴに家じゅうの食べものを全部入れて、その上をそのほかの持ち物でおおっていけば大丈夫じゃないか?」とヤギが言った。「それを持って、どこか遠くの森まで逃げればいいんだ」 ヤギはアジャンタラがちゃんと眠っているか確かめるように、そっちを見た。
「いい案だ」とライオンと虎が小さな声で言った。
「じゃあすぐに食べものと持ち物をカゴに詰めよう」と虎がささやいた。
「全部用意ができたら、旅に出る前に少しだけ眠ろう」とライオンがびくびくしながら言った。
三人は立ち上がり、葉っぱで包んだ食べもの全部をカゴの中に詰め、その上にすべての服を集めておおった。そしてカゴのそばに横になり、あっという間に眠りについた。
不運なことに、三人が眠っていると思っていたアジャンタラは、眠ってなんかいなかった。三人がやろうとしている計画をすべて聞いていた。アジャンタラは有害であると同時に、悪賢かった。アジャンタラは一歳の赤ん坊のように小さかったので、カゴの中に入りこんで、その底に隠れるのはちっとも難しいことではなかった。三人がこれから向う隠れ場所まで、そうやって自分をカゴに入れたまま運んでくれると思ったのだ。
真夜中になるとすぐ、虎とライオンとヤギは起き上がったが、あまりにそわそわしていたので、アジャンタラがまだ眠っているか確かめる間もなかった。そして虎とライオンが大慌てで重いカゴをヤギの頭に積んでいるとき、アジャンタラはじっと動かず口をつぐんでいた。というわけで、三人はアジャンタラがカゴの中にいるとは知らずに、旅に出発した。
「なあ、あの残酷なアジャンタラからやっと安全なところまで来たな」 家から少し離れたところまで来るや、虎が嬉しそうに大声で言った。
「アジャンタラはまったく有害なやつだ」とライオンが笑みを浮かべてつけ加えた。
「あいつはおそらく、昔のオレらみたいに人間じゃないのじゃないか」とヤギが疑わしそうに言った。
ライオンが言った。「アジャンタラは有害で不死の生きものなのかもな。奇妙なボサボサしたあご髭とたっぷりした口髭、それにあの小さなからだは、それを証明してあまりある」 ライオンは大声でそう言い、それは当たっていた。
「あいつが木の中に住んでいる悪霊の一種だってことは、まちがいないって!」 そうヤギがどでかい声をあげた。ヤギはアジャンタラの容貌を思い返してみたが、それはその通り当たっていた。
さあ、この三人は今や同じ意見だった。アジャンタラが木の中に住む悪霊だということは、まちがいない。三人全員がここに至ってもまだひどく怯えていたので、アジャンタラが追ってきてはいまいかと、後ろをちらちら振り返った。
お昼の十二時まで歩いたところで、食べもののカゴを運んでいたヤギが立ち止まり、こう言った。
「さてと、きょうだい、オレはちょっとここで用を足したい。先に行ってもらって、後からすぐに追いつくからさ」 ヤギは食べもののカゴを降ろした。ヤギは食べものをちょろまかし、お腹いっぱいになるまで食べた。それから頭にカゴを戻し、早足に仲間のところに戻った。
「あー、あのアジャンタラめが、有害なお客めが、悪霊の息子めが!」 ヤギはどれだけひどく自分が痛めつけられたか思い出し、アジャンタラを思いきり呪った。でもアジャンタラはヤギの頭のカゴの中に隠れていたので、それを聞いていた。
「もしアジャンタラも死ぬことがあるなら、いい死に方をするわけがない」 ライオンが、アジャンタラから受けた傷の具合を見ながら、苦々しい声をあげた。ライオンはアジャンタラが聞いているとは知らなかった。
「さあ、みんな、アジャンタラから、あの有害なお客から、我々は逃げおおせたことは確かだ。それが間違いないなら、この木の下で休んで、持ってきた食べものを食べようじゃないか」 虎が陽気な声を出した。
「そうだな、君の言うとおりだ、虎くん。わたしはもうひどく腹が減って疲れたよ」とライオンが同意した。
三人は大きな木の下で立ち止まった。食べもののカゴを降ろし、そのまわりにみんなですわった。三人は有害なお客アジャンタラがカゴの中に隠れいていることを知らない。ここまでの道で呪ったりののしったりしていたのを、聞かれていたことも知らない。
虎が怒りの眼差しをヤギに向けて、怒鳴りだした。「なんだ! 誰かがここにあった食べものに手をつけたぞ」
「ヤギくんだろ、ちょっと前に用を足すと言って足を止めたとき、ここからものを食べたんだ」 ライオンがヤギのことをじっと見ながら、怒りの声をあげた。
ライオンと虎が怖い顔でヤギをじっと見るので、ヤギは大声でその容疑を否定した。「なにを言う! オレは食べものを盗んだりしてない。もしオレがやったと言うなら、誰かにアジャンタラをここに連れてこさせて、裁いてもらおうじゃないか」
ヤギがアジャンタラの名を口にした途端、アジャンタラがカゴの底から飛び出てきて、三人の輪に入ったので、びっくりした虎とライオンとヤギは、恐ろしさのあまり散り散りに逃げ出した。
ライオンは遠くの国へと逃げ、以来そこに住んだ。虎は遠い森に逃げて、以来そこに住んだ。ヤギは町に逃げ、だからあの日以来、ヤギは家畜として暮らしてる。
これがどうやって有害なお客アジャンタラが、過ぎ去りし日には同じ父母の元から生まれた三人の兄弟であった、ライオンと虎とヤギを分離させたかの真相だ。
アジャンタラはカゴの食べものを全部食べてしまうと、好きなだけ痛めつけられるほかの生きものか人間をを探して、ジャングルや森の中をうろつき始めた。それから住処であるイロコの木の中へと戻っていった。
日本語訳:だいこくかずえ
「有害なお客・アジャンタラ、生まれる」と「アジャンタラと三人の兄弟」はエイモス・チュツオーラの"Yoruba Folktales"(1986年、イバダン大学出版刊)に収録されたものです。
*エイモス・チュツオーラの息子インカ・チュツオーラ氏のインタビュー「父の小説はどれも、ユーモアのセンスを表明しているんです」(日本語訳)もぜひお読みください。アメリカのオンラインマガジン「ワイアード・フィクション・レビュー」に掲載されたものです。
エイモス・チュツオーラ(1920 - 1997年)はナイジェリアの作家。ヨルバ族の民話を取り入れた作品で知られている。両親はヨルバのココア園農夫で、キリスト教徒だった。「わたしの暮らしとやってきたこと」の中で、チュツオーラは、父親のいとこの友人である雇い主が、給料代わりに小学校へやってくれたと書いている。そのときチュツオーラは七歳、小間使いとしてそこで雇われていた。1936年に雇い主がラゴスに移る際、一緒についていきラゴス高校に通う。父親が1939年に死ぬと、チュツオーラは学校を離れ、生計のため働きはじめる。「やし酒飲み」は、彼の最初の長編小説であり、最も著名な作品である。